もし、46億年前から「すでに古かった」旅人がいたら?
私たちの太陽系が生まれたのは、いまから約46億年前。地球も、太陽も、夜空に光る惑星たちも、すべてこのとき産声を上げました。気が遠くなるほど昔——のはずです。
ところが2025年、その太陽系のすぐそばを、46億年どころか100億歳をゆうに超えるかもしれない天体が通り過ぎていきました。名前は「3I/ATLAS」。冒頭の「3I」は、人類が見つけた3番目(third)の星間天体(Interstellar object)であることを意味します。
太陽系が生まれるよりずっと前から、銀河をさまよい続けてきた“はぐれ者”。その正体が、最新の観測で少しずつ見えてきました。
そもそも「星間天体」って、何がそんなに珍しいの?
彗星や小惑星と聞くと、太陽のまわりをぐるぐる回るおなじみの天体を思い浮かべるかもしれません。でも3I/ATLASは違います。どの星にもつながれず、銀河そのものを放浪してきた“よそ者”なのです。
こうした星間天体が確認されたのは、これがまだ3例目。2017年の「1I/‘オウムアムア」、2019年の「2I/ボリソフ」に続く稀少な訪問者です。しかも前の2つは暗すぎて、詳しい化学組成までは調べきれませんでした。
つまり3I/ATLASは、「他の恒星系からやってきた天体を、人類が初めてじっくり“分析”できた」存在に近い。ここがまず、研究者たちを色めき立たせた理由です。
どうやって「年齢」を測ったの?
天体に年輪はありません。では、なぜ「100億歳超」などと言えるのでしょう。
カギは同位体(どういたい)——同じ元素なのに、わずかに重さの違う“兄弟”のような原子です。太陽の熱で3I/ATLASの氷が溶け、噴き出したガスを、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)とチリのALMA望遠鏡が捉えました。
NASAゴダード宇宙飛行センターのマーティン・コーディナー氏らがNature誌に発表した新研究によると、注目されたのは炭素の同位体の比率です。重い炭素(炭素13)が極端に少なかった——これは、宇宙にまだ炭素13が乏しかった遠い昔に生まれた証拠だと解釈されました。その時期は、星が次々と生まれた「宇宙の正午(cosmic noon)」と呼ばれる約100〜120億年前。研究チームは、年齢を最大で約120億歳と見積もっています。
たとえるなら、出土した土器に含まれる微量成分から「これは縄文時代のものだ」と当てるようなもの。3I/ATLASは、ガスの“成分表”から自分の古さを語っていたのです。
太陽系のほうが、実は「変わり者」だった?
ここからがSciNexu編集部として一番面白いと感じる点です。
3I/ATLASには、**重い水素(重水素)**が、太陽系の彗星よりもはるかに多く含まれていました。その比率はおよそ一桁も多いといいます。重水素がこれほど濃くなるのは、絶対零度に近い極寒の環境——星間雲のような、とびきり冷たい場所です。
これが示すのは、3I/ATLASが私たちの彗星たちとは「まるで違う産地」で生まれたということ。そして研究者の間では、ある逆転の発想が広がりつつあります。もしかすると“変わり者”は私たちの太陽系のほうで、宇宙にありふれた彗星はむしろ3I/ATLASのような姿なのではないか、と。
何世紀も自分の庭先の彗星ばかり眺めてきた私たちは、いわば一軒の家だけを見て「家とはこういうものだ」と思い込んでいたのかもしれません。
ただし——ここは冷静に
ワクワクする話ですが、誇張は禁物です。
年齢の見積もりには幅があり、研究によって「30〜110億歳」「76〜140億歳」など数字が揺れています。今回の「120億歳」も確定値ではなく、コーディナー氏自身が、別の説明が成り立つ「特殊なケース」もありうると認めています。3I/ATLASがどの恒星から来たのかも、長い放浪のあいだに痕跡が消えてしまい、現時点では特定できていません。
「太陽系より古い古代の遺物らしい」というのは、複数の手がかりが指し示す有力な見立てであって、最終結論ではない。そこは正直に押さえておきたいところです。
この“宇宙の化石”が、私たちに教えてくれること
それでも、一つだけ確かなことがあります。私たちは、太陽が生まれるよりはるか昔の宇宙の記憶を宿した天体を、初めて間近で観測できたのです。
そして物語はここで終わりません。チリで本格稼働を始めたヴェラ・ルービン天文台が、今後10年でこうした星間天体を何十個も見つけると予想されています。3例しかなかったサンプルが、一気に増える時代が来るのです。
夜空を見上げたとき、そこには「いまの宇宙」だけでなく、「宇宙が若かった頃の欠片」も流れている。3I/ATLASは、そんな途方もないスケールの時間が、案外すぐそばを通り過ぎていることを思い出させてくれます。
